一緒に夕食を食べていたら突然父から妙な音が聞こえた。
ヒュコー、ヒュコーというような音。
初めは何の音なのかわからなくて放置していたが、父が食べ物を飲み込むのに苦労していることに気づいた。
大丈夫?と聞くと父はうなずいた。父はさらに食べ物を食べようとした。
唇が青くなってきてこれ以上飲み込めなさそうだったので、いったん口の中に含んでいるものを吐き出すように促した。
口の中のものを吐き出させても父は苦しそうにしている。
話しかけても応答がない。
数秒後、あおむけになって父が動かなくなった。
これはまずいと思って、急いで電話で救急車を呼んだ。
私はかなり焦っていて、最初間違えて110番してしまった。慌てて119番にかけなおした。
父の様子を伝えると「呼吸が止まっています」と言われてさらに焦った。父はこのまま死ぬのか?と不安が頭の中でいっぱいになった。
「心肺蘇生をしてください、できますか?」と言われて「わかりません」と答えた。
「では、やり方を教えるので心肺蘇生してください」と言われた。
そのあとは電話の方の丁寧な説明でなんとか落ち着いて父の心肺蘇生ができた。
初めは呼吸が止まっていたが、何回か心肺蘇生をすると、かすかに、ハー、ハー、と呼吸が戻ってきた。呼吸が止まったまま亡くなるかと思ったが、助かるかもしれないと思った。
それから数分後に救急隊が家に到着した。家の鍵を開けて中へ入れた。救急隊の方が「まだ呼吸があるぞ」と言っていて、父が生きるか死ぬかの境目にいることをより体感した。
救急隊に運ばれて父は救急車に乗せられた。私も一緒に乗った。
救急車の中で救急隊の方から普段の父の様子や病気に関して聞かれた。「認知症です。難病があります。」と冷静に答えていたが、頭の中は父への不安しかなかった。
病院に着いたらお医者さんから延命治療をどうするか聞かれた。よくわからなかったがしてくださいと答えた。
待合室で待っている間、父が亡くなったらどうしよう、父が亡くなったらどうすればいいだろうと、父が亡くなった後のことばかり考えていた。
しばらく待っているとお医者さんから呼ばれた。話を聞くと、どうやら窒息は解消されたようだ。
命は助かったのかどうか尋ねたら、まだどうなるかわからないと言われた。
そのあと延命治療をどうするか再度聞かれた。延命治療がどういうものか、延命治療をするとどうなるか説明された。
最終的に延命治療はしないことにした。父も管を通してまで生きていたくはないだろう。
眠っている父と面会したあと、入院の手続きをして家に帰った。家に帰ったのは10時ごろだった。
その後数日たって父は回復して、今はリハビリの病棟にいる。今後は家で介護するのはやめて施設に入れる予定だ。
父を心肺蘇生をしたときの感触が今もリアルに記憶に残っている。亡くなった後の、冷たくなって動かない人間を触ったことはあったが、動かなくなった直後の、暖かい人間を触るのは初めてで奇妙な感覚だった。生きている人間が死んでいく様子をリアルに体感した。恐怖だった。
息を取り戻して本当によかった。あのまま亡くなっていたら間違いなくトラウマになっていたと思う。
最近の父はほとんど会話ができないくらいボケてしまっているが、無理をしない程度に長生きしてほしい。